「ブログ」VOL=03

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皇室典範を変えて何がしたいの?

自民党と維新が皇室典範に変更を加えようと必死になっている。なぜ?と訝しがる方もおいでになるでしょうから、元・在日韓国人である私なりの意見を披瀝しましょう。高市総理は言うに及ばず、麻生太郎、小泉進次郎、木原誠二、木原実、、、自民党内で大物と呼ばれる議員は殆ど、元・在日韓国人、或いは併合当時の朝鮮と血縁関係のある方々ばかりです。国籍を変更した元・韓国人あるいは両親・両祖父母・それらの何れかが韓国・朝鮮出身者であると断言しても間違いではないと思います。在日の立場から氏または名を見ると一目瞭然で解るんです。日本人が抱く在日の名前に関する定義は1文字の氏で氏名合わせて3文字のイメージがあると思うのです。でも余談になりますが、話の序に列挙すると、青木・木村・岸田・岸本・新井・「新」この新の名前を氏に使っている方も恐らく在日である確率は非常に高いと言えましょう。それと東西南北の一文字を氏で使っている方々も在日だと思って間違いないと思います。
でもわたしたちは総ての在日を否定的に見ているのではなく、邪心を抱いている在日にたいしてのみ否定的に捉えているだけです。

話がそれてしまいましたが、なぜ皇室典範を今急いで改めるのか?理由は簡単=1919年、大韓帝国の初代皇帝=高宗が君側の奸族に暗殺されました。暗殺に加担した者たちは日本に渡り軍幹部などの要職に就き、極めて重要な立場で優遇されました。それでも戦争が終わると国内の様相は一変し、在日韓国人、在日朝鮮人は日本国籍を認められず、日本人からは虐げられ続けて来ました。わたしの両親もそうした劣悪な社会環境の中で私を育て、両親から惨めだった時代の話を私も山ほど聞かされましたが、私の両親は私に、日本人を恨むんじゃない、恨むなら戦争という商売で儲けた者を恨めと私は諭されながら育ちました。

高宗の息子=昌徳宮李王垠は岸派の牙城、赤坂プリンスホテルに匿われていた。

表面的には絶えてしまった李王朝ですが、赤坂プリンスホテル旧館に派閥事務所を構えていた岸派=清話会によって李垠は匿われていました。また高宗の長女であり王女であった徳恵翁主は、戦後、韓国へ帰国する為、下関港に向かったものの、岸信介の命を受けた警察の手で乗船を拒否され、日本からの出国を拒否され、結果として徳恵翁主は日本に留め置かれ、一説によれば徳恵翁主はほぼ強制的に日本国内に留められ、子供をもうけていたとする噂が以前から囁かれておりました。絶えた筈の李王朝の血脈は日本で息づいており虎視眈々と再興の夢を増幅させ続けてきたのでしょう。或いは統一教会と手を組んだ自民党清話会とで令和の天一坊を作り上げる事だって考えられます。邪教と呼ばれる統一教会ですからそのくらいのことは朝飯前でしょう。

男系に拘るのは女性蔑視の証。

ここまで露骨に女性を蔑視するのかと思う位、自民党と維新の女性蔑視は常軌を逸してますね。この世に生を受けた総ての生物、とりわけ人間は母親の体内で10月10日過ごしているのになぜ女性を見下すのか。本物の男はもっと寛容な心を持ったものだと思うのですが、女性の皆さん如何お思いになりますか。ご意見を頂ければ幸いに存じます。

筆者=金井年文・07/03