本来の投稿日から相当日数経過してしまいました事をお詫び申し上げます。
原点回帰
誰でも一度や二度は、あーぁあの頃に戻れたらなー。とか高校生に戻れたら一生懸命勉強して一流大学に入って今とは違う人生をおくりたいなー。なんてことを考えたことがあると思います。かく云う私も、大学1年に戻れたら、火炎瓶なんか投げてないで、学業に専念し、卒業後は財務省に入って国民にはムチ打って働かせ、カネを吸い上げ、オイシイ人生を送りたいなー。と考える事がままあります💦ハハハ
個人としては、あの頃に戻りたいと思う処が原点と言っても良いのではないかと思いますが、では人間の原点とは何処を指すんでしょうか?色々ご意見はおありでしょうが、わたしはオギャーと生まれた瞬間だと思います。その生まれた家が大金持ちで、ボンボンとして育てられるならそれもいいでしょう。でも育つ過程で父親は仕事が忙しく構ってもらえない、母親も毎日買い物に出歩いていて構ってもらえない。よしグレてやるか、なんてバイクをブイブイいわせて暴走族にでもなってやれ。その挙句がハングレだったらそれも最悪。うーん、原点は何処なんだ?個人と云う枠で考えるからピンポイントで此処だと言える原点が見えてこないのかも知れませんね。
では国家としての原点は何処なのか?それも漠然としていて此処だと断言できる原点を見つけるのは至難の業です。
帝国主義と軍部独裁から解放された日では如何でしょうか。
1945年8月15日、幸いにして日本は戦争に負け、戦勝国であるアメリカを中心とした国々から民主主義が日本に入って来ました。当初は目新しい民主主義に酔い痴れていた国民の目にも、時が経つにつれ民主主義の弊害が見え始めてきました。国民が主である民主と云う名に騙されて、気が付いてみれば政治の中で主は政治家、国民は奴隷と云うげに恐ろしい民主主義が出来上がってしまったのです。現在の日本がその好例ですね。
では前段で考えた国家の原点は何処に置いたら良いのでしょうか?本章の冒頭で申しあげた敗戦の日であることには違いないと考えるのですが、その導入した民主主義に問題があるのかな?と疑問を抱いてしまいます。或いは民主主義の解釈に問題があるのか?とも思うのですがそれも違うようです。では何が問題なのか?原点とするその答えを探しながら話を進めましょう。
日本における民主主義の問題点とは、それは偏に民主主義を支える国民、または議員の質の劣化です。まずは選ぶ側の国民である有権者の劣化。見た目だけで選ぶ軽佻浮薄な有権者の増加。ウソを見抜けず簡単に騙されてしまう有権者の思考能力の劣化。以上は有権者側の問題です。では選ばれた議員の質はどうでしょうか?おカネが絡む事件に連座し、また疑われても知らん顔で司法当局に圧力を掛け、本来の政治そっちのけで逃げ延びる事ばかりに専念し、中には殺人事件への関与を疑われても検察に圧力を掛け続けている衆議院議員もいるようです。伊藤さん凌辱事件を思い出してください。TBSの社員だった山口敬之による事件です。準強姦罪による逮捕状が執行直前に、刑事部長中村格の手で握り潰され、その後、中村格は刑事部長からキャリア枠へと階級を上げました。これほど露骨に法秩序を捻じ曲げた安倍晋三ですが、2023年、ついに神判の日は訪れました。原点回帰に始まった話題から少々逸れてしまいましたので話を元に戻しましょう。
原点は過去に拘る事は無い。国民が立ち上がった日でも良いのでは。
もしも、体たらくな日本の政情を憂慮し強く拒否する圧倒的多数の人々が立ち上がった場合、日本でも革命は起こり得るのでしょうし、その意味で言えば、原点は過去に拘る必要はなく近未来に起こり得るその時に置いても良いのではないかと思います。まっ自民党や維新・参政党や国民民主党が我田引水政治を続ければ、その日は必ず来ることでしょう。
※ブログの割り当ては決まっているのですが、寄る年波には勝てず、風邪を拗らせ寝込んでしまいました。ブログの順序か変わってしまいましたが、何卒お許しのほど切にお願い申し上げます。
文章:湯本幸次

